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大阪府の橋下知事は朝鮮総連に屈するなら辞任せよ、朝鮮人の強制連行は捏造された歴史だ
















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良識ある日本国民の皆様には、大阪の橋下知事が強制連行の記述がある銘板撤去を拒否しているのはご存知だと考えます。

橋下知事、強制連行の記述を擁護? 市民団体「根拠不明…撤去を」

大阪府が戦後50年記念事業として、府内に残る旧軍施設跡などに設置した銘板をめぐり、市民団体と橋下徹知事が対立している。4カ所の銘板に「強制連行された朝鮮人」が働かされた-との説明があり、団体側は「強制連行の定義や根拠が不明」と銘板の文言変更か撤去を府に要求したが、知事は根拠を示す資料はないとした上で「教科書でも使われている表現」などと拒否。
(6月10日 産経新聞)より一部抜粋
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100610/acd1006101328004-n1.htm

>府内に残る旧軍施設跡などに設置した銘板をめぐり、市民団体と橋下徹知事が対立している。4カ所の銘板に「強制連行された朝鮮人」が働かされた

大阪府は戦後50年記念事業として府内の旧軍施設跡などに設置した「4箇所の銘板」には「強制連行された朝鮮人」との説明が記されており、平成20年に市民団体「戦争資料の偏向展示を正す会」が「強制連行の根拠を示す資料の提示」を大阪府に要請し、府側からは「資料は存在しない」との回答があった為に「橋下知事」へ銘板の「文言変更か撤去」を求めました。

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↑旧軍施設跡が残る大阪城公園の銘板に「強制連行などにより集められた…」との記載がある

大阪府の「橋下知事」側は「朝鮮人強制連行の根拠の資料はない」と認めても、「過去の戦争や植民地支配を謝罪した村山談話があった」・「募集や徴用などでやむなく来た人もいた」・「教科書に一般用語として使われている」と拒否していますが、4箇所のうち「生玉公園地下壕跡」(大阪市天王寺区)・「タチソ地下壕跡」(高槻市)・「大阪警備府軍需部安威倉庫跡地」(茨木市)の3箇所では「在日朝鮮人」で組織する「在日本朝鮮人総連合会」(朝鮮総連)が被害証言を集める活動をするなど「市側に圧力」をかけたのです。

茨木市は当初「銘板の文案で強制連行に触れなかった」ところ「朝鮮総連から抗議」を受けて、当時の担当職員は「2回ほど面談し、事実を示す資料がないと説明した。しかし、激しい口調で『歴史認識がなってない』『もっと日本の加害に踏み込め』と要求され、強制連行の言葉を入れた」と「朝鮮総連の圧力に屈した」と認めています。

大阪府の「橋下知事」は「朝鮮人が強制連行された」との「捏造された歴史」を信じているのかは分かりませんが、「朝鮮総連」の行為とは「無実の人を殺人罪で告発」して「その事実が証明できない」となれば「殺意はあっただろうから人殺しにしろ」と脅す「犯罪的行為」であり、それを追及する立場である「橋下知事」まで朝鮮総連に屈するなら「辞任」すべきです。

私は本ブログでも記事としましたが、昨年7月に川崎市平和館に「在日コリアンの戦争体験」とのビデオコーナーが設けられた際に、在日朝鮮人1世の「徐類順」(ソユスン)氏は「(自分の)おじさんが畑仕事の時、強制徴用された」と証言して「徴用を強制」だと歴史を捏造していますが、「国民徴用令」とは工場や炭鉱などに国民を勤労動員することを可能にする法律で、当時の朝鮮は「日本国朝鮮地方」ですから当然朝鮮人も徴用に応じる義務があり「強制」ではなく「日本国民の義務」でしたし、徐類順氏は「過去の発言」と大きく食い違っている「大嘘つき」です。

徐 類順さん(ソ ユスン)【日本での生活のはじまり】

日本人母子に付き添って福岡へ渡ってから一年も経たない間に、徐類順さん一家は生活の場を日本に移すことになります。

すでに上のお兄さんは日本で仕事に就き、下のお兄さんは専門学校に通っていました。一家そろって暮らすために、一九四〇年、徐類順さんとお母さんは海を渡りました。当時、十四歳だった自分を徐類順さんはこう振り返ります。

「日本に来る時はどんな気持ちっていうよりも、お兄さん二人とおじさんも日本にいたから不安っていうことも分からなかった、ただ親についてきたから。ただ、おばあちゃんと離れるのが、それが一番辛かったのね。」
(川崎の在日一世ミニ生活史より一部抜粋)
http://halmoni-haraboji.net/exhibit/report/kikigaki/personal/per02.html

私は本ブログでも記事としましたが、大東亜戦争中に「鉱山でマンガン採取」に従事した在日朝鮮人1世の「李貞鎬」(イジョンホ)氏 も、「強制連行され、劣悪な環境下で酷使させられた自分たちの生きた証しに」と「丹波マンガン記念館」(京都市右京区)を1989年5月に設立しましたが、李貞鎬氏は1932年生まれで「1歳の時に日本で仕事を求める父親と一緒に来日」しているので「強制連行」ではありませんし、「朝鮮から日本へ食えなくなってきた者も強制連行だ」と話して「出稼ぎ労働者も強制連行」としており、在日朝鮮人は「大嘘つき」ばかりです。

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私は本ブログで再三再四取り上げましたが、外務省が昭和34年7月11日付の資料として「現在日本に居住している朝鮮人の大部分は、日本政府が強制的に労働させるためにつれてきたものであるというような誤解や中傷が世間の一部に行われているが事実に反する」・「現在日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き一名もない」などと報道発表したものを、本年3月に自民党の「高市早苗」衆議院議員が「外務省」へ「資料請求」をしていましたが、「そんなに古い資料はもうない」との立場であった外務省が昭和35年2月発行の「外務省発表集10号」にあったと明らかにし「再確認」されたのです。

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↑「大半、自由意志で居住--外務省、在日朝鮮人で発表--戦時徴用は245人」

全文はこちらをお読み下さい。(1959年7月13日付 朝日新聞)http://mblog.excite.co.jp/user/hogetest/entry/detail/?id=2057269

在日韓国・朝鮮人は自らの都合が良いように歴史を捏造して「日本へ強制連行された」と言いますが、存在したのは「日本への出稼ぎ労働者」で「強制連行」がなかった事実をご紹介致します。

欧米諸国の植民地政策の中「朝鮮」はその国力の無さで独自には存続し得ない状況にあり、1910年(明治43年)8月22日に「日韓併合条約」」(韓国併合ニ関スル条約)が終結した事により「貧しさを極める朝鮮」から「豊かな日本」に渡ってくる朝鮮人が激増し、日本国内での働き手が少ない事もあり「民間企業」が日本で働きたい朝鮮人を募集しました。

昭和14年に日本内地に住んでいた朝鮮人は「約100万人」で昭和20年には「約200万人」となり、増加した100万人のうち「70万人は自分から進んで日本へ職を求めてきた個別渡航者」で、残りの「30万人も工鉱業・土木事業の募集に応じてきた者」で強制連行ではありません。

1938年の「国家総動員法」に基づき、朝鮮では39年「朝鮮人労働者募集要項」(募集方式)、42年「朝鮮人内地移住斡旋要綱」(斡旋方式)がありましたが、これらは強制連行ではなく「朝鮮人の自由意志」でしたし、1944年頃の九州の炭坑では「朝鮮人の月収は150~180円」で「巡査の月給」(45円)のおよそ3~4倍、「大卒事務系初任給」(75円)の2倍以上の金を稼いでおり、炭坑や鉱山での仕事は過酷でも、労働環境が厳しい分給与が厚遇され「朝鮮人の就労希望者は多かった」のです。

1939年の「国民徴用令」(徴用方式)は日本内地では実施されましたが「朝鮮への適用」はさしひかえ、44年9月に朝鮮で徴用が行なわれましたが「翌年3月までのわずか半年間」だけであり、これも強制連行ではなく「日本国民の義務」でしたし、「強制連行」とは大東亜戦争終結後の1965年に「朝鮮総連」の活動家である「朴慶植」という人物が「捏造した」言葉で強制連行はありませんでした。

朝鮮人の強制連行は捏造された歴史であり、大阪府の橋下知事は「強制連行された朝鮮人」との銘板を撤去しないで「朝鮮総連」に屈するなら辞任すべきです。

良識ある日本国民の皆様、大阪府の橋下知事についてご考慮ください。

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転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

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