スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パラオ KBブリッジ

 
パラオ本島とコロール島の間に約200メートルの橋が架かっています。
 
これがKBブリッジです。
 
イメージ 1
 
実はこの橋は1996年に一度崩落しているのです。
 
イメージ 2
 
KBブリッジは、「Koror-Babeldaob Bridge」 の名前のとおり
 
首都コロール島と空港のあるバベルドアブ島を繋ぐ橋で、
 
島国パラオの交通の要衝として1977年に開通しました。
 
 
建設するにあたり日本の鹿島建設も見積りを出したのですが、
 
韓国の下請け会社が日本の半額で落札し、工事を行いました。
 
イメージ 3
 
ところがこれがひどい手抜き工事だったようです。
 
コンクリートの固め方でさえでたらめだった。と言いますから恐ろしい限りです。
 
その様子をつぶさに見ていた現地住民は、
 
当初からこの橋に不安を抱いていたようで、
 
車で橋を渡るときは、もし海に落ちてもすぐ逃げられるようにと
 
必ず窓を開けていたそうです。
 
 
また、竣工直後から橋の中央部がたわみはじめ、
 
15tだった通過制限重量が、すぐに10tにまで減らされました。
 
 
 
このたわみはやがて、通過する時おかしな揺れを体感できるほどに
 
大きくなり、崩落事故の起きる頃には、
 
徐行運転で渡るほかないという状態に陥っていたのです。
 
イメージ 4
 
 
そして1996年9月28日、悪夢は現実となります。
 
KBブリッジは突如真っ二つに折れ海に突き刺さりました。
 
たまたま通行車両の少ない時間帯だったのですが、
 
1名死者も出てしまいました。
 
橋の内部には電線、水道、電話線が通されていたため、
 
パラオのライフラインは分断され首都機能は麻痺。
 
一時は国家非常事態宣言も出されました。
 
この時、パラオと姉妹都市の三重県からはコンテナ空輸で飲料水が
 
運ばれています。
 
 
 
パラオ政府は、すぐに橋を造った韓国の業者に賠償請求しようとした
 
のですが、この時すでにこの会社は解散していて、手がかりすらなかった
 
そうです。これは一体どういうことなのでしょう?
 
 
この建設会社は、1994年にソウルで崩落した橋を施工した業者でも
 
あったというのです。

 
イメージ 5
ソウルで橋崩落、48人死亡23人けが 聖水大橋 
1994/10/21, 産経新聞 夕刊
 【ソウル21日=黒田勝弘】ソウルで二十一日朝、市の中心を流れる漢江にかかっている聖水大橋の橋げたが五十メートルにわたって崩れ落ちた。通行中の満員バスや乗用車などが約三十メートル下の川に落下、四十八人が死亡、けがをした二十三人が救助された。水面に落ちた橋げたには市内バス一台が大破してあおむけになり、マイクロバス一台と乗用車四台が乗っかっている。このほかにも、水没したり流されたりした車もかなりあるとみられ、犠牲者はさらに増えるものとみられている。
 聖水大橋は一九七九年に完成し、長さ一千百六十メートル、幅十九メートルの四車線。原因は調査中だが、手抜き工事の可能性が出ている。重量制限を無視した車両の通行などで橋の老朽化が進んでおり、前夜から橋の路面の一部で補修工事が行われていた。
 
 
ともかく途方に暮れるばかりのパラオ政府だったのですが、
 
日本ではまず仮設橋の建設を援助し、日本のODA政府開発援助により
 
約30億円の新たな橋を無償で架ける事になりました。
 
施工にあたったのは因縁の鹿島建設です。
 
 
工事中、現地の人達は「カシマ」という言葉を覚え、
 
日本人を見掛けると「ありがとうカジマ」と声をかける子供もいたそうです。
 
 
 
実に5年の年月をかけ、橋は完成しました。
 
2002年1月11日、開通式典が開かれ、
 
橋の新しい正式名称が発表されました。
 
イメージ 6

その名も「Japan-Palau friendship bridge」
 
太平洋上を走るこの橋は、
 
3000kmの距離を越えてパラオと日本に新たな時代の友情を結ぶ、
 
「友好の橋」なのです。
 
イメージ 7
 
 


転載元: バイクでなくっちゃダメなんだ!!

スポンサーサイト

コメント


コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://keishokai7777.blog.fc2.com/tb.php/884-1e9bfe01

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。