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旧日本軍捕虜の米兵ら、戦後65年の訴え




↑戦後10日目、東京捕虜収容所、横浜捕虜収容所の画像

 
 第二次大戦中に旧日本軍の捕虜となり、日本の工場で労働を強いられたアメリカ人兵士らがいました。戦後65年、日本政府の招きで先週、来日した彼らは何を訴えたのでしょうか。
  「日本との和解と友好のために、ここに来ました」(エドワード・ジャックフェルトさん)
 
エドワード・ジャックフェルトさん、88歳。第二次大戦当時、アメリカ陸軍の兵士だったジャックフェルトさんはフィリピンで旧日本軍の捕虜となり、その後、川崎市の収容所へ移送されました。
 日本での捕虜生活は、およそ3年間。この間、収容所からいくつもの工場に連れて行かれては労働を強いられたといいます。
 「私たちは武器製造の仕事を強制させられていた。つまり、アメリカ軍に対して使う日本軍のための武器を製造したのです。自分の政府に対して戦うということを考えるだけでも嫌な気分だった」(ジャックフェルトさん)
 捕虜たちは「終戦」も、日本の収容所で迎えました。爆撃機のB29がアメリカ人捕虜に向けて食料を投下、群がる日本人にジャックフェルトさんらは、その一部を分け与えたといいます。
 先週、終戦以来はじめて日本を訪れたジャックフェルトさん。65年ぶりに元アメリカ人捕虜たちが、強制労働させられていた工場に入っていきます。
 当時、日本には、およそ2万7000人のアメリカ人捕虜がいました。このうち、今も生存する元捕虜らが日本政府や企業に対して、謝罪を求めています。
  「日本国政府を代表して、外相として皆さんに心からおわび申し上げます」(岡田克也外相〔当時〕)
 先週、彼らと面会した当時の岡田外務大臣は「謝罪の言葉」を述べました。日本政府は今回、元捕虜6人をはじめて日本へ公式に招待しました。謝罪の姿勢をみせる政府に対し、企業の側からは未だ明確な謝罪の言葉はないといいます。
 「なぜ65年もたってしまったのか。なぜ30年前に何かしなかったのか。補償の問題ではない。ただ座って話してほしいのです」(ジャックフェルトさん)
 日本人に対する恨みはない。ただ、当時何が起きていたのかをわかって欲しい・・・。アメリカ人捕虜たちの思いは、戦後65年を経た今も変わりません。(19日17:38)TBSニュース抜粋
 


 
 私は戦争を行う国には50:50の責任があると思っている。片方だけが悪いという考えは毛頭ない。大東亜戦争に対してもそうである。戦争に突き進む軍部の暴走、天皇陛下に対する強硬姿勢をとった一部の政治家、軍人、加えて陸軍、海軍の連携の無さが、敗戦という結果を招いた要因のひとつと考える。
 
 先の大戦当時、米英の様に東南アジア諸国を植民地にし、自国の経済を活性化させるためだけの占領を行ってきた。その様な白人どもに『大東亜共栄圏』などと説明したところで解るわけがない。
 
 上記の旧日本軍捕虜となった元米国兵が、謝罪を求めて日本に来て、岡田元外相が謝罪の弁を述べた。「補償の問題ではない」と言う言葉が、岡田元外相を謝罪に走らせたのだと思うが、そこには日本人捕虜、広島長崎の原爆被害者に対する裏切りがあるのではないか?
 
 戦後65年経った今でも、広島、長崎の地を踏まない米国大統領がいる。謝罪さえも無い。自国民の命を守るために必要な攻撃だったと賛美している。特攻隊を「自殺的な攻撃」と考え、メディアの前で公言するブッシュ元大統領。詳しくは下記の記事をご覧ください。
 
 アメリカの大罪 http://blogs.yahoo.co.jp/wnjhr964/16812909.html
 
 岡田元外相は中共、韓国だけではなく、元米国兵にまで謝罪外交を行う姿にはがっかりである。日本国の立場や真実の歴史を解っていない左翼議員には無理な話だろうが、新閣僚は前原外相となり、多少は変わるのではないか?とも思っているが、この民主党による極左政権が変わらない限り、前原外相の本来の想いを導き出す事は不可能であろう。
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