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第7回 論叫警鐘辻説法



 
平成23年の初演説は快晴の中行う事ができました。平日ではありますが、比較的街行く人も多かったように感じられました。
 
本日のお題として・・・
 
小沢の進退と内閣改造
大阪維新の会ってどうよ?
国旗掲揚について
 
・・・を話させて頂きました。先日のブログ記事にも載せてありますが、大阪府警の国旗掲揚していないザマを皆さんに訴えかける!・・・つもりでしたがニュアンスを和らげて演説しました。なぜか?真横に警備を従えて批判、抗議をしても良かったのですが、私なりに「猶予」を与えます。次の祝日【成人の日】に国旗掲揚の有無を確認し、再びお題として訴えるか否かを考えようと思います。いくら国旗国歌法にて国旗掲揚の義務が無いとは言え、国家組織である大阪府警察本部が国旗掲揚文化の拒否をしていいものか?国の機関が掲揚する事で、一般家庭でも掲揚するように変わっていく・・・文化の復活を先導して頂きたいのです。
 
話は変わり本日も演説をしばし中断し、通りかかりのおじさんと話をしました。そのおじさんは私の父親世代。大東亜戦争終戦時は8歳でした。その当時の学校というのは国民学校であり、皇国日本の教育を受けたのです。当時の教育というのはかなり厳しいものであり、学校を卒業したら、「お国の為に戦うべし!」と教わったそうです。漢字の書き取りでは【国】という漢字を書く際は、隙間を空けてはならない【ロ】ちゃんとくっつけろと張り手が飛んできた・・・等々を話してくれました。
 
現代の教育ではゆとり教育が尾を引いている。未だに30%弱の日教組職員が存在し、子どもの将来の事より自分の事、教員の権利、日教組の思想の押し付けが行なわれている。その中で子ども達は教員というものに尊敬を抱かなくなった。教師から学ぶべき事は全て教科書に載っている、教師は不必要・・・その様な子どもが増えているのではないか?本来、集団生活をする場所が学校である。友達や教師とのコミュニケーションの中で沢山学ぶべき事があるはずである。教師が権利を欲し、子ども達が同じように権利を主張する。それでは個人主義者が増え、家族という集合体の中でも権利を主張する。権利が認められないその時に「キレる」潜在的暴力行動となり、子どもの理性崩壊となる。終戦以前の教育全てが良いとは言わないが、愛国教育を行なう怖い教師が必要な時代なのではないか?おじさんのお話を聞いてつくづく考えさせられた。
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