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グリコ森永事件史①

 

【関西事件史】
グリコ・森永事件(1) 幻の卒園写真

2011.10.3 11:00 (1/5ページ)関西事件史

 
江崎社長の誘拐を報じる昭和59年3月19日の朝刊1面。このあと前代未聞の報道協定が結ばれた
 1本の電話が、その後の10年、15年の私の仕事を決めることになった。電話の主は、寺田泰三。現在の産経新聞執行役員東京総務局長である。
 1984(昭和59)年3月18日午後10時過ぎ。日曜夜。
 「すまんが平田君が現場に一番近いので、行ってくれるか。江崎グリコ(本社・大阪市西淀川区)の社長が西宮(兵庫県)の自宅から拉致されたんや」
 寺田は当時、社会部の記者で大阪府警の捜査2課を担当していた。その夜、府警の2階にある産経新聞のボックス(記者室)で当直勤務をしていた時に警察無線の傍受で、事件を知った。
 通常なら兵庫県で起きた事件なので、神戸支局(神戸市)や阪神支局(西宮市)の記者に任せておけばよいのだが、なにしろ大企業の社長拉致である。管轄など、かまっていられない。
 「これは社会部あげての総力取材になる」
 そう考えた寺田は、当時、大阪の曽根崎署担当だった私に、担当外エリアの事件ではあるが「現場が近い」という理由で、第一出動の手配をしたのだった。
 「えっ、グリコの社長? 拉致?」
 グリコのチョコやポッキーは知っていても、社長は知らない。まして社長の家が、我が家の近くにあることなど全く知らなかった。
 現場は、西宮市二見町の江崎勝久社長邸。当時の私の家は、お隣の尼崎市に広がる西武庫団地。尼崎市と西宮市の市境を流れる武庫川を渡り、車で5分ほど走れば、もう江崎邸の現場である。
 「ほな出るわ」
 パジャマをブレザーに着替えてコートをはおり、家内にこう告げて団地を飛び出した。手には、いつもの取材用のカメラだけでなく、買ったばかりのピカピカのニコンのカメラもひっさげていた。
 2DKの奥の部屋では、あす(月曜日)幼稚園の卒園式を迎える長男(当時6歳)が、次男(同1歳)とともに、夢の中にいた。
 
2011.10.3 11:00 (2/5ページ)関西事件史
 江崎社長の誘拐を報じる昭和59年3月19日の朝刊1面。このあと前代未聞の報道協定が結ばれた

 

金塊100キロ要求 「拉致」から「誘拐」へ
 現場は、騒然としていた。江崎邸の周囲には警察によってロープが張られ、立ち入り禁止になっている。捜査車両やパトカーが次々と到着した。一番乗りではなかったが、おそらくマスコミの中では5本の指に入る早さだった。
 近くの民家に転がり込んで、応接間を取材の前線本部として使わせてもらうことをお願いした。携帯電話やパソコンのない時代である。原稿を書くことのできるスペースの確保と、その原稿を本社や支局に吹き込む電話を確保することが、現場にかけつけた記者の第一の仕事だった。
 「発生は午後9時ごろ」「江崎社長は、入浴中に裸のまま拉致された」「犯人は3人組。江崎邸前の道路にとめていた乗用車に社長を押し込んで、猛スピードで走り去った」
 断片的に入ってくる情報を、前線本部の民家に陣取った阪神支局の支局長や社会部の先輩記者に伝える。
 (なぜ、拉致なのか。誘拐ではないのか)
 そんな思いを抱きながら、とにかく現場周囲の聞き込みを続けた。日付が変わって3月19日午前1時過ぎ。朝刊最終版の締め切り直前の時間帯だった。大阪府警で宿直勤務をしながら取材指揮をとっていた寺田から、一報が入った。
 「現金10億円と金塊100キロを用意しろ」
 そんな内容の身代金要求のメモが、大阪府高槻市の電話ボックスの中で見つかった、というのである。
 「やはり、身代金目的の誘拐事件や」
 原稿は、全面的に差し替えなければならない。締め切り時間まで、あと数分。西宮の現場も大阪本社の編集局も、まさに蜂の巣をつついた状態になった。
 怒号にも似た声が飛び交い、大混乱の中、朝刊1面の大見出しは「グリコ社長、拉致される」から「誘拐される」に変わり、「犯人、現金10億円と金塊100キロを要求」の内容も加えられた。
 
2011.10.3 11:00 (3/5ページ)関西事件史
明日は卒園式 ニコンのカメラは…
 通常、誘拐事件が起きた場合は、被害者の人命を第一に考えて、報道協定が結ばれる。警察当局が、マスコミ各社に「被害者が無事救出されるか、犯人を逮捕するまでの間、いっさいの報道を控えてほしい。協定中の捜査状況については、すべてオープンにする」という約束を結ぶのである。
 身代金要求のメモが見つかった時点で、それに該当する報道協定事件になるはずだった。だが、後の祭り。テレビやラジオはすでに「拉致」を速報している。世間に、事件の発生は伝えられている。いまさら新聞だけが報道を控える選択肢はない…。そんな判断からか、いや、そんな判断をする余裕すらなく、新聞各社は、輪転機をとめずに朝刊で「グリコ社長誘拐」を大々的に伝えた。
 「取り返しのつかない展開になった。社長の命は…」
 締め切りが過ぎた後、みんながそんなことを思いながら、「徹夜取材」になることを覚悟した。
 私はふと、首にぶら下げたニコンのカメラが気になった。出かける時に、家内に言われたことが、重たくのしかかってきたのだ。
 「明日は卒園式やから、そのカメラがいるんよ。ちゃんと帰ってきてね」
 (10分もあれば、自宅にもどれる。徹夜取材になっても、なんとか帰る時間は作れるやろ)。そう高をくくっていたのだが、甘かった。
 
2011.10.3 11:00 (4/5ページ)関西事件史
 「おい、平田。報道協定の話が出ている。兵庫県警本部(神戸)で県警幹部とマスコミ側の話し合いがもたれる。いったん、現場は撤収や。県警本部にすぐ行くぞ」
 大阪府警サブキャップの京原廣行(元編集委員)の声だった。鋭い眼光。大きな体。風貌もさることながら、その事件勘のすごさから、京原は、当時、他社にも恐れられ、警察にも一目置かれていた「凄腕の事件記者」だった。
 こうして、長男の卒園式の記念写真をアルバムにおさめるはずのニコンのカメラは、自宅のある尼崎市とは反対方向の神戸市に向かうことになった。
 神戸への車中、卒園式での長男の晴れ姿と、それをじっと見やるカメラを持たない家内の寂しげな顔を想像してしまった。
 暗闇の中、外は、氷雨が降り始めていた。

 

報道協定解除 取材合戦に突入
 報道協定は結局、3月19日早朝に結ばれた。その日の夕刊にはグリコ事件の続報は1行も載らず、事件は紙面から消えた。テレビやラジオも報じない。読者や視聴者は、どんなにいぶかしく思ったことだろう。
 報道はその後3日間、江崎社長が、監禁先の大阪府茨木市の水防倉庫から脱出する3月21日夕まで、ぴたりと止まった。つまり、江崎社長の無事が確認され、報道協定が解除されたのが、3月21日夕だったのだ。
 それから、嵐のような報道合戦に入った。そして完全時効の2000年2月13日までの間、担当記者の取材は、えもいわれぬ緊張感の中で続くのである。
 
2011.10.3 11:00 (5/5ページ)関西事件史
 ところで、実は、手元には長男の卒園写真がある。家内が、長男の友達のお母さんから「うちの子といっしょに写っていたよ」と言って、思いがけず数日後にいただいた、貴重なスナップ写真だ。
 兵庫県警からいったん尼崎市の自宅に戻ったのは、卒園式の翌日だったと記憶している。家内や長男と、その時どんな話をしたのか、覚えていない。
 ただ、毎年3月の卒園式シーズンになると、心に突き刺さった棘(とげ)が、ずきんと疼(うず)くのである。(敬称略)
(執行役員東京総合企画室長 平田篤州)
◆グリコ・森永事件(警察庁指定114号)◆
 昭和59年3月18日夜、江崎勝久・江崎グリコ社長が兵庫県西宮市の自宅から入浴中に拉致され、現金10億円と金塊100キロを要求された誘拐事件が発端。江崎社長は約65時間後に大阪府茨木市内の水防倉庫から自力で脱出したが、グリコ本社(大阪市西淀川区)の施設が放火されるなど犯行はエスカレートした。
 犯人グループはその後も同年6月に丸大食品、9月に森永製菓、11月にはハウス食品などを次々と脅迫。同年10月には兵庫など4府県で、翌60年2月には東京と愛知で、スーパーなどに「どくいり きけん」などのメモを張った青酸菓子をばらまいた。
 この間、「かい人21面相」を名乗る犯人グループから計144通もの挑戦状や脅迫状がマスコミなどに届いたが、同年8月、「くいもんの会社 いびるの もおやめや」と「終結宣言」を出して動きを止めた。
 警察当局は6都府県警で延べ約130万1000人の捜査員を投入。約600点もの遺留品捜査を行う一方、捜査員が目撃した「キツネ目の男」や青酸菓子ばらまきで防犯カメラがとらえた「ビデオの男」などを公開したが、平成12年2月までに計28件の事件すべてが時効となった。
 【関西事件史~日本を震撼させた日】
 「MSN産経west」のスタートに当たり、関西で過去30年間にあった重大事件事故や出来事を振り返り、「日本を震撼させた日」をサブテーマに、当時の担当記者が取材の舞台裏や失敗談、秘話を綴る。トップを飾るのは、企業トップの誘拐から全国の消費者を人質にする青酸菓子ばらまきへとエスカレートし、「劇場型犯罪」という新語を生んだ「グリコ・森永事件」。計5回のシリーズです。毎日1話ずつ、午前11時ごろアップする予定です。


 
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