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元北海道電力職員の実名激白③

 

元北電職員が実名激白 「原発ゼロでも電気は足りる。泊停止を機に自然エネ転換を」
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■福島が「泊」だったら北電は潰れてますよ

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役員刷新の会見で、佐藤佳彦会長、近藤龍夫相談役、川合克彦社長(左から並び順)の全員が「再稼動」への強い意思を表明した(3月29日午後、札幌市中央区の北電本店)
ニコニコニュース(オリジナル)
 その職場を選んだ理由は「北海道内に勤務できそうだったから」という。空知の産炭地・上砂川町で生まれ育った水島さんは、地元の高校から東北大法学部に進学。就職活動を控えた3年生のころに父を亡くし、「北海道に戻って欲しい」と母に請われて北電の門を叩くことに。以来、58歳で退職するまで最初の勤務地・旭川から一歩も動かず、最後まで部下を持つ"ライン職"に就くこともなかった。一貫して反原発の姿勢を崩さなかったことで、面と向かって「会社を辞めろ」と言われたことが何度もある。それでも留まり続けたのは、「異論があったほうが組織は発展する」と信じていたからだ。

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道内の電力需要が増すのは冬、風力発電の稼働率が大きくなるのも冬(経済産業省原子力安全・保安院 北海道産業保安監督部「北海道における風力発電の現状と課題」2011年9月29日発表)
ニコニコニュース(オリジナル)
 原子力行政については、就職前はさほど大きな関心を持ってませんでした。ただ、こういうふうには思っていました。電力会社は潰れないだろう、潰れるとしたら原子力発電所がらみだろう――。
 私の入社前年に組合が分裂しまして、全北電というのと北海電労というのがあったんです。私は多数派の北海電労に参加し、青年・婦人部で活動しました。その集会でいろいろ発言してたのが原因なのか、気がつくと「あいつは本店に行かせるべきじゃない」ということになってたんですね。原発の情報を漏らされたら困る、みたいな。私、現相談役の近藤龍夫さんと同期なんですよ。彼は新入社員の時から本店で原子力セクションに就いていました。旭川支店長を務めたことがある南山英雄さんも、九州電力の玄海原発に20年ほど出向していたと話していました。お2人はその後、社長になりました。
 当時、大卒の新入社員はだいたい3年ぐらいで一度本店に行くことになってたんですが、私は一回もなかった。25歳で結婚したんですが、母親は「息子さん、定年までいても係長にもなれないね」と言われたって言っていました。私も腹を括って、20歳代で旭川にマンション買ってしまいましたよ。そこに、もう38年住んでます。

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自然エネルギーを最大限受け入れると、海底ケーブル「北本連系線」増強に約5000億円がかさむと北電は言うが、同施設は北電ではなく電源開発の所有(函館市豊原町の古川ケーブルヘッド)
ニコニコニュース(オリジナル)
 逆のパターンもあるんです。「岬めぐり」と呼ばれてたんですが、とにかくあちこち次々に転勤させられる。原発反対の立場を捨てれば、支店や本店に戻して貰える。そういう人もいたようです。私は、予想通り最後まで旭川。
 組織というのは不思議なもので、ほんとに悪い人なんてあんまりいないんです。ただ、一人一人が集まって大きな組織になると、違う顔が見えてくる。後輩の中には、屈託なく「水島さん原発反対でしょ、なんで北電にいるの」と訊いてくる人もいました。私は「たまに毛色が違うのがいてもいいじゃないか」と。みんながみんな同じことを考えてたら、会社なんて発展しない。考えの違う者を排除せず、異論に耳を傾けたほうがいい方向に行くと思うんです。
 昨年、プルサーマルシンポジウムでのやらせが発覚しましたが、実際にやらせが日常的に行なわれていたかどうか、私は知りません。ただ、「泊人事」という言葉は聞いていました。自嘲的に「ぼくは泊人事ですから」と言う人に会ったこともあります。原発立地の地元から1人採用すると10人黙らせることができる、なんて言われていました。東電に勤めていた拉致問題の蓮池透さんも、いわゆる"柏崎人事"で採用になったらしく、著書にいきさつが書いてあります(『私が愛した東京電力』かもがわ出版、2011年)。

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「原子力発電は、人間がやるべきことではなかった」。今後も講演会などで積極的に証言を続けるという
ニコニコニュース(オリジナル)
 1954年3月にビキニの核実験があった時、私は小学2年生でした。同じ年の11月に『ゴジラ』という映画が公開されます。あの怪獣は、放射能による突然変異で生まれたという設定なんですね。北電に入社し、原子力の何たるかを知った私も、入社当時はまだ「使用済み核燃料は、30年も経てばきっと最終処分の方法が見つかるだろう」と楽観していました。科学の進歩がそういう問題を解決してくれると思っていたんです。しかし、未だにそんな技術は生まれていません。これからもあり得ないでしょう。原子力発電は、人間がやるべきことではなかった。福島のような事故が泊で起きたら、北電なんてすぐ潰れてますよ。
 今回、名前が出てしまったことで、いろいろなところから反響がありました。OBの中には賛同してくれる方もけっこういますし、4月15日には札幌で音楽をやってる若い人たちの企画で、ススキノのバーで講演させて貰うことになりました。今後もそうしたイベントなどを通じ、ささやかながら声を上げていこうと思っています。
(3月25日午後、旭川市内で収録)
(聞き手・小笠原淳、北方ジャーナル 2012年5月号に掲載)
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
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