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東日本大震災から1年5ヶ月・・・宮城県本吉郡南三陸町志津川の現状

 
 

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たったの1年5ヶ月前に大地震が起き、大津波が東北~関東北部を襲った。そして南三陸町を襲った津波が大々的に報道番組で流れ、南三陸町の役場の女性が迫り来る津波から逃げ出さず、最期のその時まで住民を避難させる為に防災無線を流し続けた。そしてまだまだ若い生涯を遂げたのである。
 
 
今回この場所を訪れ思った事は、宮城県知事はこの漁港の町をどうしようと考えているのか?国は何をしているのか?ただただそれだけを思った。奴らはこの場所を何度訪れ、今も尚、高台に作られた仮設住宅に住む町民をどう説得しているのか?おそらく何もしていないでしょう。仮設住宅撤去の時期を何時に設定しているのかは解からないが、近い将来出て行かねばいけない。仮設住宅のある場所は志津川中学校の第2グラウンド(校庭)である。
 
この町を襲った動画と、現在の状況を映した動画を皆さんに見て欲しい。発生当時と今年8月に撮影した場所は全く同じ場所からでありますが、動画の撮影時間、方向が多少違うので見比べる事が難しい・・・と思いますが、信じられない光景を改めて脳裏に焼き付けて欲しいのです。地震発生から約2ヵ月後の動画もあったので見て頂きたい。
 
 

 ↑この画像と↓の動画を見比べて下さい。撮影している場所は道路から40~50m高台の中学校です。
 
↑2011年3月11日PM 
 
↑2011年5月16日PM16:55
 
↑2012年8月13日現在
 
発生当時の映像を見ていると撮影者いる高台付近にまで水位が上がっている。おそらく道路から30~35m程。眼下に広がる町並みが全て津波に飲まれ、道路沿いにファミリーマートがあったが、根こそぎ持っていかれている。津波の恐ろしさ、防災訓練の大切さを今更ながら感じずにはいられない。
 
瓦礫と土砂を片付けただけの現在の南三陸町。どう町を作っていくのか?仮設住宅に住む住民をどうするのか?我慢強い東北人という言葉も消えかけるだろう。宮城県知事村井は早く復興の絵を描け!
 
 
 
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