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過去~現在~未来

 
2009年6月9日
ヤフーブログ初記事
 
2009年6月~12月
右翼民族派団体の街頭演説に毎月通い聴いていた。
 
2009年年末~2010年3月初旬
右翼団体へ入り2ヶ月程で自分から辞めた。
 
2010年3月下旬~7月下旬
ある件にて某団体様へ謝罪~活動を勉強させて貰う。
 
2010年7月下旬~11月中旬
あちこちの街頭演説を傍聴。
 
2010年11月下旬~現在
ほぼ毎週日曜日に難波高島屋駅頭にて辻説法を続ける・・・現在90回目。
 
 
 
 
 私が右翼と言うものを意識しだしたのは18の頃であった。会社の上役にいわゆる任侠右翼がいた。どこまで本気でやっていたかは不明だったが、話を聞いているだけで「やべーな」って思うこと満載だった。当人はかなり良い人だったが。
 
その後24の時に働いた会社にも右翼団体の人が居た。その人の考えと言うものは、いわゆる「左翼は敵」「反共」であった。活動に参加してない人だっただけに、今思えばファッション的な要素があっただろうと思う。
 
 
右翼になりたいとか、街宣車に乗りたいとかそういうものは全くなく、強面のおっちゃんが政治を語るというギャップが新鮮であった。色んな政治の話を聞いていると勉強になる事が沢山あったのも事実。時は過ぎて10数年後、ネットが広まりPCを購入し様々な情報を仕入れることが出来るようになり、政治関連の動き、流れを注視するようになった。そして民主党政権が現実のものになるかもしれないという危機感の下、ブログを始め、街宣を聴き、団体に入った。2ヶ月で辞めるに至った経緯は想像すりゃ解ると思います。
 
 
それ以来、何故自分が活動を続けているか?何故街頭演説メインで動いているか?何故ひとりなのか?何故市民団体と呼ばれる人達の活動に混ざっているのか?
 
 
私が勝手に同志と思っている方々には、私の行動というものがダメな行動に映ってるかと思う。距離を置いている同志もいるし、影ながら応援してくれている方もいる。一緒に行動を共にする矜持会の竹井さんには感謝致します。全てを説明すれば長くなるので言いませんが、私の根幹にはやはり反米がある。その延長線上に今行っている活動があると思っている、だから市民団体に混ざるのです。ただ混ざるのではない・・・演説を通し、様々な会話を通し、私の考えを広めている。受け入れてくれない人もいるし、何故か敵視してくる人もいる。解ってくれるまで話をするのもいいですが、顔見たらわかる・・・アホに吹き込まれてるんだろうなと。悲しい輩だこと・・・。
 
 
私は国籍で人を見る目が変わる様な人間ではない。どんな思想でもどんな人間でも話したいのである。話さえも拒む様な人は残念ながら見る目を変えるしかなく、喧嘩腰の人には喧嘩腰で対応するしか無い。そのスタンスは変わらないと思うし、在日外国人が理解を示せば一緒に行動するでしょうし、真逆の思想を持っていても部分的に合致すれば一緒に行動するでしょう。国籍問わない私の門戸は広いのです。外国人の日本での政治活動は名目上禁じられているのでやれることは少ないでしょうが。
 
今後の活動を考えると、何に重きを置くかいつも考え迷いが生じる。日本国内の事、海外の事、様々である。共通して言えるのは【人道問題】であると思う。一人でやれることなんてたかが知れてる。やらないよりやった方がよい。何事も結果を求めず最終的にたったひとりからでも感謝されれば良いと思っている。拉致にしても、東日本大震災にしても、原発関連にしても、チベット・ウイグル・南モンゴルの支那共産党政府による弾圧にしてもだ。命に軽い重いも無い。無実の罪の人たちが人道的虐待を受けている現在、発信していく必要があるし、抗議もしていかねばならない。関係各所へお願いしに回る事も大事であるし、インターネット上の情報統制、情報操作、情報遮断の影響が極めて少ない日本がやるべき事ではないかと思っている。
 
これまでの活動(国益・領土)と共に、【人道問題】を加えて地道にやっていこうと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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