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北方領土「2島で交渉」・・・ロシアの不法占拠を許すな!


北方領土「2島で交渉」露大統領 7月11日7時57分配信 産経新聞

 【モスクワ=佐藤貴生】ロシアのメドべージェフ大統領は10日、イタリアで行われた主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)の終了に際しての記者会見で、北方領土問題については平和条約締結後に歯舞、色丹両島を日本側に引き渡す-と定めた「日ソ共同宣言」(1956年署名)を基礎として交渉する、との考えを示した。インタファクス通信が伝えた。

 ロシア側の立場がプーチン前政権時代から基本的に変わらないことを示したもので、9日の日露首脳会談で進展がなかったことを裏付ける形となった。

 メドべージェフ大統領は会見で、「ロシアは、1956年の宣言が唯一の法的根拠がある文書だと考えている。対話はこの文書に基づいて行われる必要がある」と述べた。

 北方領土について「わが国固有の領土」と初めて明記した改正北方領土問題解決促進特別措置法が日本の国会で成立したのを受け、露政界では対日感情が急速に悪化。領土交渉や日本と北方領土の住民の間で行われてきた「ビザなし交流」の停止を求める声明などが相次いでおり、10日も極東ユジノサハリンスクで日本の改正法に抗議する集会が開かれた。

日本国外務省HP内には北方領土の歴史~現在までを解かりやすく記載している。歴史の一部を抜粋してみた。http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo_keii.html
【北方領土問題が発生するまでの歴史的経緯、概要は次のとおりです】

1.第2次世界大戦までの時期
(1)日魯通好条約(1855年)
 日本は、ロシアに先んじて北方領土を発見・調査し、遅くとも19世紀初めには四島の実効的支配を確立しました。19世紀前半には、ロシア側も自国領土の南限をウルップ島(択捉島のすぐ北にある島)と認識していました。日露両国は、1855年、日魯通好条約において、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の両国国境をそのまま確認しました。




(2)樺太千島交換条約(1875年)
 日本は、樺太千島交換条約により、千島列島(=この条約で列挙されたシュムシュ島(千島列島最北の島)からウルップ島までの18島)をロシアから譲り受けるかわりに、ロシアに対して樺太全島を放棄しました。




(3)ポーツマス条約(1905年)
 日露戦争後のポーツマス条約において、日本はロシアから樺太(サハリン)の北緯50度以南の部分を譲り受けました。




2.第二次世界大戦と領土問題の発生
(1)大西洋憲章(1941年8月)及びカイロ宣言(1943年11月)における領土不拡大の原則
 1941年8月、米英両首脳は、第二次世界大戦における連合国側の指導原則ともいうべき大西洋憲章に署名し、戦争によって領土の拡張は求めない方針を明らかにしました(ソ連は同年9月にこの憲章へ参加を表明)。
 また、1943年のカイロ宣言は、この憲章の方針を確認しつつ、「暴力及び貪欲により日本国が略取した」地域等から日本は追い出されなければならないと宣言しました。ただし、北方四島がここで言う「日本国が略取した」地域に当たらないことは、歴史的経緯にかんがみても明白です。

(2)ポツダム宣言(1945年8月受諾)
 ポツダム宣言は、「暴力及び貪欲により日本国が略取した地域」から日本は追い出されなければならないとした1943年のカイロ宣言の条項は履行されなければならない旨、また、日本の主権が本州、北海道、九州及び四国並びに連合国の決定する諸島に限定される旨規定しています。しかし、当時まだ有効であった日ソ中立条約(注)を無視して1945年8月9日に対日参戦したソ連は、日本のポツダム宣言受諾後も攻撃を続け、同8月28日から9月5日までの間に、北方四島を不法占領しました(なお、これら四島の占領の際、日本軍は抵抗せず、占領は完全に無血で行われました)。

(注)日ソ中立条約(1941年4月)

 同条約の有効期限は5年間(1946年4月まで有効)。なお、期間満了の1年前に破棄を通告しなければ5年間自動的に延長されることを規定しており、ソ連は、1945年4月に同条約を延長しない旨通告。

(3)サンフランシスコ平和条約(1951年9月)
 日本は、サンフランシスコ平和条約により、ポーツマス条約で獲得した樺太の一部と千島列島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄しました。しかし、そもそも北方四島は千島列島の中に含まれません。また、ソ連は、サンフランシスコ平和条約には署名しておらず、同条約上の権利を主張することはできません。

上記の文章をさらに簡単にすると、ソ連は『大西洋憲章及びカイロ宣言を無視』し『ポツダム宣言を誇大解釈』し、日本の領土(北方4島)を不法占拠したのです。


日本政府は幾度となく北方領土問題に関するロシアとの会談をしてきましたが、4島返還は実現していません。日本政府の弱腰な対応が問題なのでしょう。この先も2カ国首脳での会談では、領土返還される可能性は低いように感じる。そこで、ソ連の大西洋憲章、カイロ宣言違反を有効にする為に、間に米英両国に入ってもらい、北方領土問題について話をしていくのがいいのではないか?と素人ながらに思うのだが。。。ロシア相手にアメリカはどう動いてくれるのだろうか?同盟国とはいえ、日本の領土問題にはアメリカといえども、全く動かないのでは?とさえ思ってしまう。




最近のロシアは『日本による北方4島へのビザ無し交流』『日本船舶の海域侵犯によるだ捕』などで反日の態勢を強くしている。しかしそこは日本の領土なのだ!海域侵犯も不法占拠も全てはロシア(旧ソ連)の起こした条約違反であると認識するがいい!

日本の民族派右翼が声高らかに北方領土返還要求を求めるその街宣行動を、日本国民は目をそむける事無く耳を傾けて、北方領土の歴史を少しでも知ろうという心を持って欲しい!

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